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広瀬清水街道のルート情報

最終更新日:2024-04-30 21:50:47 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
広瀬清水街道:全体標高グラフ
広瀬清水街道全体の標高グラフです。

ルート情報

※主要駅や約20kmごとの鉄道駅などで区切ってあります
区間 宿場など
門生~広瀬

広瀬清水街道の概要

広瀬清水街道は広瀬と旧山陰道を結ぶ街道で「伯州往還」とも呼ばれた。 短いルートのため宿場はない。 広瀬は江戸時代まで出雲国の中心地で尼子氏が本拠地とした月山富田城が有名。 江戸時代になり堀尾氏がこの地を支配するようになると本拠地が松江に移された。 その後、松平氏の支配となった寛文6年(1666)に支藩の広瀬藩が成立する。 広瀬藩は3万石で参勤交代の義務があったため、広瀬清水街道が整備された。 広瀬清水街道は参勤交代ルートだけではなく、沿道にある清水寺や嵩神社への参詣ルートとしても利用されていた。 明治以降は幹線ルートから外れたため、今も当時の様子がよく残されており、歴史の道100選にも選ばれている。

参考資料

  1. 河出書房新社・東京カートグラフィック WEB版デジタル伊能図
  2. 池橋達雄監修『 定本 島根県の歴史街道 』樹林舎,2006年, P110-113