街道の歩き方
  1. トップ
  2. 街道の基礎知識
  3. 街道とは

街道とは

東海道五十三次 吉原

街道とは

街道とは道路のことです。つまり私たちが普段使っている国道なんかも街道です。 しかし当サイトでは江戸時代の街道に焦点を絞って話を進めていきます。

昔の街道も現在の国道や高速道路と同じように,物流・交通上の重要インフラでした。 しかし徳川幕府以前の中世には全国的な整備は行われず,各地の戦国大名によって整備されていたため,整備状況はまちまちでした。 また各地での争いが絶えなかったため,国境付近の街道はわざと整備をしないこともあったようですし,各地で関所が乱立され自由な通行とは程遠い状況でした。

江戸時代の街道

しかし徳川幕府の誕生により全国的な整備が一気に進んでいくことになります。 全国を統一支配するために街道がいかに重要であるかをよく認識していたようで,幕府開府後すぐに五街道の整備に乗り出します。

具体的には街道の道幅を広げ,街道上には宿場関所一里塚などを整備しました。

宿場には人足・伝馬を置き,江戸と地方との通信や輸送がスムーズに行われるよう全国支配の基盤づくりが行われました。 また本陣旅籠などといった宿泊施設も整備され,高貴な人から庶民まで気軽に宿泊できるようにもなりました。

五街道とは

江戸と主要な地方を結ぶ徳川幕府にとって最も重要な街道です。 その5つとは

いずれも江戸日本橋が起点で,江戸からの街道が重視されていました。

これらの街道は幕府の直轄で道中奉行という専門職により管理されていました。

脇街道(脇往還)とは

五街道以外の街道は脇街道,脇往還などと呼ばれていました。 基本的に街道がある藩の管轄ですが,五街道に付随するものなど一部の脇街道は幕府直轄でした。 東海道の延長である旧山陽道や長崎街道,奥州街道の白河以北などのような距離の長い街道もある一方で,一日で歩けてしまうような短い街道もあります。

脇街道についても各藩により整備が進められていきました。

旅の流行

このように全国を網羅するような街道整備が行われた結果,街道を使用する人々は増えていきました。 参勤交代制度も街道の活発化に拍車をかけました。

宿場の整備により,宿場に着きさえすれば食事や寝床を気にしなくてよくなったため,食料などを持ち運ばなくてもよくなりました。 また野宿で追い剥ぎに襲われるという心配も少なくなりました。 このように治安が良くなり,軽装で旅をすることも可能になったことで,庶民の間でも全国を旅することが不可能ではなくなりました。

当時は庶民に旅行の許可が簡単に下りなかったと言われていますが,実際には寺社参りなどは許可が出やすく,伊勢参りと称してついでに京都や大阪を見物するなどしていたようです。 こういった伊勢参りの流行などに見られるように,江戸時代はそれまでの時代とは違った気軽な旅ができるようになっていった時代でもあったのでした。