街道の歩き方
  1. トップ
  2. 街道ルート情報
  3. 石見街道のルート情報
  4. 瑞穂~旭のルート情報

石見街道:瑞穂~旭のルート情報

最終更新日:2024-04-27 22:48:17 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:交通手段
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設

GPXファイルダウンロード (ジオグラフィカの使い方はこちら/Googleマップの使い方はこちらを参照)

基本データ

注:(往路)は可部→浜田方面、(復路)は浜田→可部方面を表す
距離 18.5km
累積標高 637m(往路)
705m(復路)
所要時間(4km/h) 06:10:00(往路)
06:20:00(復路)
石見街道:瑞穂~旭間標高グラフ

この区間の宿場

市木いちぎ 浜田藩が参勤交代で江戸へ行く際の1泊目が市木だった。家来は寺や一般民家に泊まった。[1]
今市いまいち 今市は坂道沿いの宿場町で、今も鍵型道路が残る。 もともとは福屋氏がここを支配していたが、毛利氏に攻められて大屋氏に変わった。 大屋氏はその後今市の本陣職をつとめている。 浜田藩が参勤交代で江戸へ行く際は、今市で1日目の昼食をとった。

見どころなど

赤谷橋跡 石浦峠~赤谷~中峠(甑坂・越木)は難所として知られており、毛利元就がここを避けて通ったとか、参勤交代の駕籠に2本の綱をつけて4人がかりで引き上げたことなどが言い伝えられている。 馬子唄にも「可部にゃ可部坂(可部峠) 市来で三坂 越木・赤谷なきゃよかろ」と歌われている。 川は徒歩渡しだったが、のちに橋が架けられた。 赤谷には茶屋があり浜田藩の参勤交代ではここで小休止をとっていた。[2]

難所

赤谷橋跡 橋がなく迂回路もないため、川を徒歩で渡る必要がある。

交通手段

手段 日中の本数 メモ
中国JRバス等:広島・浜田高速バス 瑞穂、重富、旭 1~2時間に1本

その他メモ

参考資料

  1. 島根県邑南町の城跡 市木本陣跡
  2. awakin blog 旧広島街道・浜田藩参勤交代の道
  3. 池橋達雄監修『 定本 島根県の歴史街道 』樹林舎,2006年, P216-217