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中山道:須原~南木曽のルート情報

最終更新日:2026-03-12 17:10:33 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:交通手段
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設
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※ジオグラフィカの使い方はこちら/Googleマップの使い方はこちらを参照

基本データ

注:(往路)は日本橋→草津方面、(復路)は草津→日本橋方面を表す
距離 16.7km
累積標高 383m(往路)
519m(復路)
所要時間(4km/h) 05:00:00(往路)
05:10:00(復路)
中山道:須原~南木曽間標高グラフ

この区間の宿場

須原宿すはら 須原宿は、元々木曽川の川岸にあったが、正徳5年(1715)の水害で壊滅的な被害を受け、享保2年(1717)段丘上の現在地に移転した。移転の際に他の宿場の良いところを取り入れたため,宿場の特色をよく形作っているといわれ、道幅の広さなどにそれを見ることができる。宿内には丸太をくり抜いた水舟が随所に置かれて「水舟の里」とも呼ばれた。「桜の花漬」やとろろ汁が名物。
野尻宿のじり 野尻宿は、江戸側から上町,仲町,下町,荒田町で構成される。宿場内の道路が何か所も曲がっており、「野尻の七曲り」と呼ばれた。昭和の大火で古い町並みはあまり残っていない。宿場の東西端にはそれぞれ「はずれ」という屋号の家があり,他の宿場ではあまり見ない特徴。
三留野宿みどの 三留野宿の名前の由来は、かつてこの地に木曽氏の館がありそれが「御殿(みどの)」と呼ばれたことから。この宿場も大火には何度も見舞われ、宝永元年(1704)の火災後は、廃宿に近い状態だった。そのため古い町並みはあまり残っていない。またこの付近は「蛇抜け」と呼ばれる土石流がたびたび発生し交通の難所となっていた。

見どころなど

民宿すはら(旧旅籠吉田屋) 須原宿内。明治2年(1869)築の元旅籠。現在も宿泊可能。
柏屋 三留野宿内。元旅籠?の建物で宿泊可能?。

難所

交通手段

手段 日中の本数 メモ
JR中央本線 須原~南木曽 須原~十二兼は2~3時間に1本、南木曽は1~2時間に1本

その他メモ

補給ポイントが少ないので気をつけましょう。また、三留野宿内は江戸方面からくるとわかりにくい分岐が2か所かあるのでよく地図を見ておいたほうがよいです。

参考資料