奥州街道:白河~鏡石のルート情報
最終更新日:2026-03-10 17:44:00
※ 街道ルート情報の見方はこちら
- 赤/橙:ルート,見どころ
- 黒/灰:難所
- 黄:迷いポイント
- 紫:交通手段
- 青:休憩場所
- 緑:宿泊施設
GPXファイル(ダウンロードは有料会員限定)
※ジオグラフィカの使い方はこちら/Googleマップの使い方はこちらを参照
基本データ
注:(往路)は宇都宮→三厩方面、(復路)は三厩→宇都宮方面を表す
| 距離 |
21.0km |
| 累積標高 |
231m(往路) |
| 312m(復路) |
| 所要時間(4km/h) |
05:20:00(往路) |
| 05:30:00(復路) |
この区間の宿場
| 白河宿 |
白河藩の城下町として栄えた。 |
| 根田宿 |
根田宿は、根田村と東に続く新小萱村の2村で構成される宿だった。本陣などはなく、人馬継立の伝馬も常備されていなかったとされる。戊辰戦争の戦火で町並みはほとんど残っていない。 |
| 小田川宿 |
小田川宿に本陣や脇本陣はなく、問屋場しかなかった。 |
| 太田川宿 |
太田川宿も、戊辰戦争で町並みはほとんど焼けてしまっている。 |
| 踏瀬宿 |
古い町並みがいくらか残っている。 |
| 大和久宿 |
大和久宿は、元和元年(1620)ころに堀越地区の住人を移転させて作った。このあたりの宿場間隔はかなり近いが、中でもこの大和久宿と中畑新田宿は、直線で1kmも離れておらず、宿場の境もあいまいなほど。ここも何度も大火に遭ったため町並みはほとんど残っていない。 |
| 中畑新田宿 |
大和久宿と同様に、中畑新田宿毛慶長年間(1596~1615)に中畑村の住人を移転させて宿駅とし、さらにその後の元和6年(1626)に現在地に移転した。常磐街道との合流点にあたり交通の要衝ではあるが、数度の大火などで衰え、宿駅機能の中心は矢吹宿に移ったとされる。 |
| 矢吹宿 |
矢吹宿は、天正6年(1578)に宿駅として開かれた。街道由来の史跡がいくつか残されている。 |
| 久来石宿 |
久来石宿は、慶長年間に小栗山の住人を移転させて作った。 |
| 笠石宿 |
笠石宿は、慶長年間に森宿、行方野、細谷、笠石新田の4村が移転して開設された。 |
見どころなど
| 脇本陣柳家 |
白河宿。文化元年(1804)築の蔵座敷が現存しており、庭園・井戸などと合わせて脇本陣の一部を見学可能。ここには新選組も宿泊している。料金無料、月曜休館。 |
| 玉家菓子店 |
白河宿。文久3年(1863)創業で白河藩御用達の菓子屋。 |
| 根田醤油合名会社 |
根田宿。江戸後期創業。趣のある土蔵などが残る。 |
| 踏瀬旧国道松並木 |
踏瀬宿~大和久宿間。松並木が約700mにわたって続く。 |
| 大木代吉本店 |
矢吹宿。江戸末期までは味噌醤油業だったが、慶応元年(1865)に酒造業に転業。戊辰戦争時には落ち武者に酒を振る舞ったそう。 |
| 古宿 |
矢吹宿~久来石宿間。矢吹名物だった大根そばを提供している。 |
難所
交通手段
| 手段 |
駅 |
日中の本数 |
メモ |
| JR東北本線 |
白河~鏡石 |
1時間に1~2本 |
|
その他メモ
参考資料