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羽州街道:陣場~大鰐のルート情報

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基本データ

注:(往路)は桑折→油川方面、(復路)は油川→桑折方面を表す
距離 19.4km
累積標高 351m(往路)
456m(復路)
所要時間(4km/h) 5:40(往路)
5:50(復路)
羽州街道:陣場~大鰐間標高グラフ

この区間の宿場

碇ヶ関宿いかりがせき 碇ヶ関は元々の地名が碇ヶ岡だったが、天正14年(1586)津軽為信が関所を設置した際に碇ヶ関に改められた。[1]

見どころ

矢立峠 歴史の道100選に選定されている。 当時の峠には矢立杉という大きな杉があり、これが峠名の由来にもなった。イサベラ・バードは矢立峠を絶賛しているが、当時の峠が実際にどこの地点であったのかは現在では判然としない。[3] 津軽藩の参勤交代ルートは、当初海沿いを通る西浜通りを使用していたが、寛文年間(1661~1673)に矢立峠ルートに変更された。[4]
碇ヶ関御関所 津軽藩が設置した関所で津軽三関の一つとされた。 秋田藩境の関所はここだけでなく、ここから矢立峠にかけて矢立峠から船岡御番所、折橋御番所(中の番所)、峠下御番所(上の番所)と続いていたほか、脇街道御番所もある厳重な警戒ぶりだった。[1]
脇街道御番所跡 元禄2年(1689)、弘前藩4代藩主津軽信政の弟信章はここから石ノ塔(夏越)を越える脇街道ルートで秋田藩へ出奔しようとしたため、脇街道の警備も厳重だった。[2]
関所資料館 折橋御番所を復元した建物が公開され、内部は関所の歴史を学べる資料館になっている。

難所

交通手段

手段 日中の本数
JR奥羽本線 陣場~大鰐温泉 1~2時間に1~2本

その他メモ

参考資料

  1. Wikipedia 碇ヶ関御関所
  2. Wikipedia 弘前藩
  3. 弘前国道維持出張所 羽州街道 矢立峠~碇ヶ関
  4. 藤原優太郎,『 羽州街道をゆく 』,無明舎出版,2002年, P114