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東海道:新安城~宮宿のルート情報

最終更新日:2026-03-12 14:43:16 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:交通手段
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設
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※ジオグラフィカの使い方はこちら/Googleマップの使い方はこちらを参照

基本データ

注:(往路)は日本橋→三条大橋方面、(復路)は三条大橋→日本橋方面を表す
距離 24.7km
累積標高 136m(往路)
154m(復路)
所要時間(4km/h) 06:20:00(往路)
06:20:00(復路)
東海道:新安城~宮宿間標高グラフ

この区間の宿場

知立(池鯉鮒)ちりゅう 現在は「知立」と書くが江戸時代には「池鯉鮒」と書かれることが多かった。知立神社の池に鯉や鮒が多く住んでいたことが名前の由来。木綿が特産で、木綿の運搬用に馬市が立つようになった。浮世絵「東海道五十三次 池鯉鮒」にも馬市の様子が描かれている。
鳴海宿なるみ 当時は海辺が近く潮騒が聞こえていたことが名前の由来。有松と並んで「絞(しぼり)」が有名で、現在も伝統産業として続いている。
宮宿みや 「宮」とは熱田神宮のこと。熱田神宮の門前町,東海道・佐屋街道・美濃街道の結節点だけでなく、七里の渡しに代表される港としても大いに栄えた。東海道最大の宿場で旅籠の数は240軒もあったそう。

見どころなど

来迎寺一里塚 岡崎宿~知立宿間,一里塚が両塚とも現存。北塚がやや崩れているが原形を保つ。南塚は地元の努力により原形復帰されている。
知立松並木 約400mにわたり松並木が残る。
阿野一里塚 知立宿~鳴海宿間。一里塚が両塚とも現存。
有松の町並み 有松は当時間の宿で、現在も古い商家が多く残る。
笠寺一里塚 鳴海宿近く,一里塚のうち東塚が現存している。
丹羽家住宅 宮宿内。脇本陣レベルの旅籠だった建物が残っている。破風付きの玄関などに格式ある面影を残す。

難所

交通手段

手段 日中の本数 メモ
都市部のため省略

その他メモ

現存する一里塚が多くある区間です。一里塚はなかなか現存していないので貴重です。 当時のルートは、宮宿と桑名が船で結ばれていました(七里の渡し)、今はそんな航路はないため、佐屋街道を使って桑名まで行きます。 また、都市部のため休憩地点(コンビニ)は省略しています。

参考資料