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中山道:恵那~御嵩のルート情報

最終更新日:2026-03-12 17:24:18 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:交通手段
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設
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※ジオグラフィカの使い方はこちら/Googleマップの使い方はこちらを参照

基本データ

注:(往路)は日本橋→草津方面、(復路)は草津→日本橋方面を表す
距離 31.3km
累積標高 1077m(往路)
1222m(復路)
所要時間(4km/h) 10:10:00(往路)
10:30:00(復路)
中山道:恵那~御嵩間標高グラフ

この区間の宿場

大湫宿おおくて 大湫宿は、大井宿~御獄宿間が30km以上もあるため慶長9年(1604)に置かれた宿場。北から白山町,中町,神明町,西町で構成される。東に十三峠,西に琵琶峠があるため小規模だが旅籠が多い宿場だった。「くて」とは沼地や湿地帯のこと。
細久手宿ほそくて 細久手宿は、大湫宿~御獄宿間が18km近くあるため慶長15年(1610)に作られた宿場。古い町並みはあまり残っていないが本陣格だった旅籠「大黒屋」は今でも泊まれる。
御嶽宿みたけ 御獄宿は、蟹薬師で有名な願興寺の門前町として成立。明治時代に地名が「御嵩」に改められた。琵琶峠などの難所を控え賑わった宿場だった。

見どころなど

歴史の道100選 西行塚~三城峠と大湫宿~細久手宿の区間は歴史の道100選に選ばれている。
槙ケ根一里塚 大井宿~大湫宿間。一里塚が両塚とも現存
紅坂一里塚 大井宿~大湫宿間。両塚とも現存。またこの付近は石畳が300m弱残る。
権現山一里塚 大井宿~大湫宿間。両塚とも現存
丸森邸跡(森川訓行家住宅主屋) 大湫宿内。江戸末期の建築で問屋旅籠だった。公開されている。料金無料,不定休。
二つ岩(母衣岩・烏帽子岩) 大湫宿~細久手宿間。「木曽路名所図会」にも描かれている岩。
琵琶峠 大湫宿~細久手宿間。大湫宿側に石畳が600m余り残っており国内最長。
八瀬沢一里塚 大湫宿~細久手宿間。両塚とも現存
奥之田一里塚 大湫宿~細久手宿間。両塚とも現存。
大黒屋旅館 細久手宿内。江戸時代から続く旅籠で現在も宿泊可能。旅籠だったが尾張藩の定本陣(専用の本陣)で本陣並。また問屋場を兼ねた。建物は安政6年(1859)築。
鴨之巣一里塚 細久手宿~御獄宿間。両塚とも現存。当時は塚上からのながめがよかったそう。
中山道 みたけ館(脇本陣跡) 御獄宿の資料等が展示。入館無料,月曜,毎月第3火曜,最終金曜休館。

難所

ほぼ全区間 補給ポイントが少ない
深萱立場~御嵩駅間 公共交通機関による途中離脱が困難。深萱立場も最寄り駅までは徒歩で30分かかる。

交通手段

手段 日中の本数 メモ
JR中央本線 恵那、武並 1時間に2~3本
名鉄広見線 御嵩、御嵩口 1時間に2本

その他メモ

中山道の中で一番きつい区間ではないかと思います。一気に歩くと10時間以上かかりますし,公共交通機関に乏しいので途中離脱も難しいです。

この区間内に唯一ある宿屋,大黒屋はぜひ泊りたい宿なのでそこに泊まれればかなり楽になりますが,予約が取れない場合などはチーンです。一気に歩くかタクシーなどを使って工夫するしかありません。

またこの区間は現存一里塚が大量にあってすごいです。現存している一里塚はなかなかないのに,それが連続して存在しているのは本当にすごい。

参考資料