甲州街道(甲州道中):甲斐大和~甲府のルート情報
最終更新日:2023-04-14 00:00:00
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基本データ
注:(往路)は日本橋→下諏訪方面、(復路)は下諏訪→日本橋方面を表す
距離 |
21.8km |
累積標高 |
190m(往路) |
538m(復路) |
所要時間(4km/h) |
05:50:00(往路) |
06:30:00(復路) |
この区間の宿場
鶴瀬宿 |
鶴瀬宿は駒飼宿と合宿だった。 |
勝沼宿 |
勝沼宿は峡東地方の物資集積地として栄え、宿場も大規模だった。 |
栗原宿 |
栗原宿の名前はこの地を治めた栗原氏に由来する。4と9の付く日には市が立った。
十返舎一九の『金草鞋』では栗原宿の茶屋が取り上げられている。 |
石和宿 |
石和宿は荒れ地に藺(い)が茂っていたことから「藺の沢」→「石和」と変化した。武田氏が躑躅ヶ崎に本拠地を移すまでは石和が本拠地だった。 |
甲府柳町宿 |
甲府は武田氏の本拠地であり、武田氏滅亡後は甲府城の城下町として栄えた。
甲府柳町宿と呼ばれる由来は、甲府の柳町に宿の機能が集約されていたことによる。 |
見どころなど
聖観音堂 |
鶴瀬宿~勝沼宿間。歌川広重が境内からの景色を称賛している。 |
勝沼宿脇本陣跡 |
脇本陣の土蔵が残る。 |
勝沼宿本陣跡 |
大名などの宿泊があると、目印代わりに槍を立てかけていた「槍掛けの松」が残る。 |
仲松屋 |
勝沼宿内。江戸時代後期の東屋敷と明治前期の西屋敷の2軒からなる。仲松屋は当時質屋だった。 |
諏訪神社 |
勝沼宿~栗原宿間。境内の大ケヤキは樹齢約400年。 |
白山建岡神社 |
勝沼宿~栗原宿間。境内のフジは山梨県指定天然記念物。 |
石和宿本陣跡 |
本陣の土蔵が残る。 |
難所
交通手段
手段 |
駅 |
日中の本数 |
メモ |
JR中央本線 |
甲斐大和、石和温泉駅~甲府 |
駅によって異なる |
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JR身延線 |
善光寺~甲府 |
1時間に1~3本 |
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その他メモ
甲府→甲府大和は上りが続き標高差が約350mあります。
参考資料