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三国街道:越後湯沢~六日町のルート情報

最終更新日:2023-05-15 00:00:00 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:交通手段
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設

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基本データ

注:(往路)は高崎→寺泊方面、(復路)は寺泊→高崎方面を表す
距離 18.3km
累積標高 134m(往路)
324m(復路)
所要時間(4km/h) 04:50:00(往路)
05:10:00(復路)
三国街道:越後湯沢~六日町間標高グラフ

この区間の宿場

湯沢宿ゆざわ 湯沢宿は平安末期に発見された湯治場として発展した。湯沢宿は上宿と下宿に分かれており、人馬継立も分担して行なっていた。
関宿せき 関宿は戦国時代に関所が設けられたことが名前の由来。小規模な宿場で本陣脇本陣はなかった。 大正時代に道路が拡幅され、江戸時代からの建物が建て替えられた。
塩沢宿しおざわ 塩沢宿はこの地方の中心地で、高田藩の陣屋も置かれていた。魚野川水運の中継地で、松之山街道の分岐点でもあったことから非常に栄えた。 また、塩沢地域は薄荷(ミント)の産地で、「薄荷圓」と称する万能薬として販売されていた。『北越雪譜』などの著者鈴木牧之の生家である鈴木屋は薄荷圓の大店だった。現在も「ハッカ糖」が名産となっている。
六日町宿むいかまち 六日町宿は、中世に板戸城の城下町として発展した。 魚野川水運の中継地で、新潟向けに三国街道経由で送られてきた荷物はここで船に積み替えられた。そのため、六日町宿には船会所も設けられていたほか、宿内にある八坂神社には船の安全を守る金比羅宮も祭られている。江戸からの参勤交代もここから長岡までは船で移動した。 また、六日市宿は清水峠越道との合流点でもあった。

見どころなど

諏訪社の大杉 湯沢宿~関宿間。樹齢約350年の大杉。
青木酒造 享保2年(1717)年創業。江戸時代は「平野屋」として酒造のほかに薄荷の商いも行っていた。江戸時代に薄荷圓広告として使われていた看板の一部が現在も再利用されている。
長恩寺のオハツキイチョウ 塩沢宿。幹回りが約4mもあるイチョウ

難所

交通手段

手段 日中の本数 メモ
JR上越新幹線 越後湯沢 1時間に1~2本
JR上越線 越後湯沢~六日町 1時間に1~2本

その他メモ

参考資料