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旧山陽道(西国街道):徳山~防府のルート情報

最終更新日:2024-04-22 21:50:00 ※ 街道ルート情報の見方はこちら
  • 赤/橙:ルート,見どころ
  • 黒/灰:難所
  • 黄:迷いポイント
  • 紫:アクセス/エスケープ
  • 青:休憩場所
  • 緑:宿泊施設

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基本データ

注:(往路)は大坂→下関方面、(復路)は下関→大坂方面を表す
距離 26.8km
累積標高 408m(往路)
407m(復路)
所要時間(4km/h) 07:30:00(往路)
07:30:00(復路)
旧山陽道(西国街道):徳山~防府間標高グラフ

この区間の宿場

徳山城下とくやま 毛利徳山藩の城下町。空襲や開発で宿場らしいものはほとんど残っておらず,本陣などの跡地すらわからない。
富田宿とんだ 富田宿は山崎八幡宮の門前町で半宿だった。港町でもあった。
福川宿ふくがわ 福川宿は福川駅周辺に位置する。本陣門などが残っている。
富海宿とのみ 富海宿は富海駅周辺に位置する半宿本陣はあったが長崎奉行やオランダ人など少人数の宿泊に利用され,大名は休憩にとどまった。 漁船で旅客や貨物を運搬する「飛船(とびふね)」などで栄えた。古い町並みが比較的よく残っている。
浮野宿うけの 浮野宿は浮野峠の西方に位置する半宿
宮市宿みやいち 宮市宿は防府天満宮の門前町であり、萩往還との分岐にもあたることから防長両国で最大規模のにぎわいを見せた。

見どころなど

福川宿本陣跡 本陣門が残る。
富海宿本陣跡 本陣門が残る。
浮野峠 富海宿~浮野宿間。一部に石畳が残る。
暁天楼 防府天満宮内。幕末に長州藩士が謀議場所として使った旅籠「藤村家」の一部が移築保存されている。
宮市宿本陣兄部家 建物が現存していたが2011年に火災で消失,現在は門のみが残る。

難所

椿峠(国道2号線) 信号機なし横断が1か所

交通手段

手段 日中の本数
JR山陽新幹線 徳山 1時間に1~2本
JR山陽本線 徳山~防府 1時間に1~2本

その他メモ

小さい峠を2つ越さないといけませんが,累積標高は400m程度なのでそれほどしんどくはないでしょう。 見どころが多い区間なので楽しいですね。こういうところばかりだとよいのですが。

参考資料