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長崎街道:筑前内野~原田のルート情報

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基本データ

注:(往路)は小倉→長崎方面、(復路)は長崎→小倉方面を表す
距離 16km
累積標高 446m(往路)
480m(復路)
所要時間(4km/h) 4:50(往路)
4:50(復路)
長崎街道:筑前内野~原田間標高グラフ

この区間の宿場

内野宿うちの 1612年(慶長17年)に作られた。国道から外れており、古い町並みが残る宿場。御茶屋へ向かう三差路が宿の中心で三差路から小倉側を下町、長崎側を上町と呼んだ。御茶屋へ向かう道は太宰府まで続く。福岡藩主は内野宿を狩りの拠点としても利用していた。冷水峠越えを控えた宿場でもあった。
山家宿やまえ 山家宿は慶長16年(1611)ころには成立していたと考えられる。冷水峠越えを控えた宿場で、上町・横町(仲町)・新町の3町で構成される。上町→横町→新町の順に町並みができた。
原田宿はるだ 原田宿は筑前・筑後・肥前の境目にあたる。小ぶりの塩あん餅「はらふと餅」が名物だった。

見どころ

内野宿東構口 内野宿の東口。石垣が若干残る。
内野宿展示館(肥前屋) 内野宿に関する資料が展示されている。火・水定休日。
冷水峠の石畳 石畳がよく保存されている。
首なし地蔵 冷水峠にある首のない地蔵。ここの清水が峠の名前の由来。以下伝承。昔ある者がここで旅人を殺害した。地蔵に誰にも言うなと言ったところ、地蔵が「ワシは言わぬがわれ言うな」としゃべり、驚いて地蔵の首を落として逃げた。何年か後にこの者が二人連れでここを通りかかり、旅人を殺したことを自慢げに語った。連れの男は殺された旅人の縁者で仇討ちが行なわれたという。
茶釜石 形状が茶釜に似ているため旅人の目印になった。現在のものは当時のものとは違うという話もある。
大日峠(椎木坂) 大日峠の名前の由来は、この付近に大日如来碑があることから。付近には比翼塚もある。以下比翼塚の由来。中津藩士渡辺金十郎の妻は、夫の留守中に金十郎の甥と密通して長崎へ逃げだした。しかしここで追ってきた金十郎に殺されたというもの。
山家宿郡屋跡 土蔵など郡屋の建物が残る。土蔵は市の文化財指定を受けており、柱を1本も使っていない珍しいつくり。郡屋とは宿場の役人の会議場的存在。
山家宿西構口 当時の土塀が残されている。完全な形で残されているのは長崎街道ではここだけ。道幅も当時のまま。
伯東寺 原田宿内。境内に原田宿の名物「はらふと餅」をついたと伝えられる石臼がある。餅屋自体は東構口の外にあったそう。また、三国峠で行き倒れの無縁仏を祀った宝篋印塔が移設されている。

難所

冷水峠 国道に歩道がない

交通手段

手段 日中の本数
JR筑豊本線 筑前内野~原田 1時間に2~3本

その他メモ