東海道:新居~豊橋のルート情報
最終更新日:2026-03-08 20:08:00
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- 黒/灰:難所
- 黄:迷いポイント
- 紫:交通手段
- 青:休憩場所
- 緑:宿泊施設
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基本データ
注:(往路)は日本橋→三条大橋方面、(復路)は三条大橋→日本橋方面を表す
| 距離 |
22.7km |
| 累積標高 |
208m(往路) |
| 206m(復路) |
| 所要時間(4km/h) |
06:00:00(往路) |
| 06:00:00(復路) |
この区間の宿場
| 新居宿 |
東海道に設けられた二大関所の一つ,新居関所がある宿場。今切の渡しを控えた宿場で賑わった。渡しの新居宿側は新居関所構内が船着き場だった。
地震や津波の被害をたびたびうけ2回移転している。現存する面番所も嘉永7年(1854)に地震で倒壊したため、安政5年(1858)までに再建されたもの。 |
| 白須賀宿 |
当初は海辺に位置していたが宝永4年(1707)の大津波で被害を受けて高台の現在地に移転した。 |
| 二川宿 |
二川駅東方。当初は二川村と大岩村に分かれて1つの宿として運用していたが不便なので現在地に集約し,大岩村は二川宿の加宿となった。小規模な宿場だったが,本陣・旅籠・商家など貴重な建物が多く残っており,資料館も充実しているため大変見応えのある宿場。 |
| 吉田宿 |
現在の豊橋市内にあり、吉田城の城下町,港町としても栄えた。現在の地名豊橋は、明治になってから改名されたもの。田原街道、別所街道との分岐点でもあった。遊郭(飯盛旅籠)が多い宿場としても有名。空襲により古い建物はあまり残っていない。 |
見どころなど
| 新居関所 |
面番所は安政5年(1858)に建てられたもので現存する関所としては全国唯一のもの。今切渡船場の石垣・護岸のほか関所入口の枡形広場の土塁柵,高札場,女改之長屋や大御門が復元されている。月曜休館。 |
| 紀伊国屋資料館 |
新居宿にあった紀州藩の御用宿で、お七里役所を兼ねていた。戦後に廃業するまで旅館業を営んでいた。建物は明治初めに建てられたものを修復復元。当時はうなぎの蒲焼が名物だった。月曜休館。 |
| おんやど白須賀 |
白須賀宿のことを学べる施設。入館無料,月曜休館。 |
| 高札建場跡の石碑(猿ヶ馬場この辺り) |
茶屋のおばあさんが猿に似ていたので猿ヶ馬場と呼ばれていた。柏餅が名物だった。浮世絵「東海道五十三次 二川」にも描かれているほか、「東海道中膝栗毛」にも登場している。 |
| 二川宿本陣資料館 |
二川宿のことを学べる資料館のほか,本陣と旅籠が改修復元されている。月曜休館。 |
| 商家「駒屋」 |
二川宿内,江戸時代に建てられた商家が見学できる。月曜休館。 |
| 菜飯田楽 きく宗 |
吉田宿内。文政年間創業,「菜飯田楽」が名物。水曜定休。 |
難所
交通手段
その他メモ
新居宿と二川宿が大変に見応えがありますので,見学時間を多めに見積もっておいたほうがいいかも。
参考資料